大判例

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宇都宮地方裁判所 昭和44年(レ)7号 判決 1972年1月27日

控訴人 松島孝市 外一名

被控訴人 大橋芳郎

主文

本件控訴を棄却する。

占有権確認の訴を却下する。

訴訟費用は控訴人らの負担とする。

事実

一、当事者双方の求める裁判

控訴人らは、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人らに対し、宇都宮市山本町字関口八九番の二、山林一六八・二六平方メートル(以下本件山林という)につき、宇都宮地方法務局昭和三四年二月一九日受付第一九六三号所有権移転登記抹消登記手続をせよ。」との判決を求め、なお当審において請求の趣旨を変更し、「控訴人らが本件山林につき占有権を有することを確認する。」右請求が認められないときは、「被控訴人は控訴人らに対し本件山林を明渡せ。」および「訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴人は、主文第一、第三項同旨および「控訴人らの占有権確認の訴を棄却する。」との判決を求めた。(控訴人らの右占有権確認の請求およびこれが認められない時には、本件山林の明渡しを求めるとの請求は、前者は占有権に基づく、後者は所有権に基づく各請求であつて、相互に関係のない別個の請求たるべきものであるから、これを単純な客観的併合として取り扱うべきである。すなわち控訴人らは原審における請求に加えて、当審において占有権確認の訴を追加したものである。)

二、当事者双方の事実上ならびに法律上の主張および証拠の提出、認否、援用関係は次に付加するほか、原判決事実摘示どおりであるからこれをここに引用する。

(一)  控訴人らの主張

被控訴人が、本件山林を占有しているとの従来の主張を撤回する。

本件山林は訴外田辺勝一郎が訴外郷間基一から他の山林とともに買い受けて占有を始め、同人の死亡後はその相続人が管理占有し、さらに控訴人らは右相続人から売渡しをうけて管理占有しているものであるが、被控訴人がその占有を妨害する挙に出たので控訴審において新しく右占有権の確認を求める。

仮りに右主張が認められず被控訴人が本件山林を占有しているとすれば、所有権に基づき被控訴人に対し、その明渡しを求める。

(二)  被控訴人の主張

控訴人らが、本件山林を占有しているとの控訴人らの主張は、否認する。

(三)  証拠関係<省略>

理由

第一、

一、本件山林がもと宇都宮市山本町八九番山林六畝六歩(以下八九番土地という。)の北側の一部として右八九番土地の所有者である訴外郷間基一の所有であつたこと、本件山林について現在請求趣旨記載の登記所受付年月日番号をもつて被控訴人名義の所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証によれば、八九番土地につき、昭和三四年二月一九日受付第一九六三号をもつて右郷間から被控訴人に対する同日付売買による所有権移転登記がなされていたところ、昭和四二年一二月四日宇都宮簡易裁判所により右八九番土地の一部である本件山林につき控訴人両名を申立人とする処分禁止の仮処分がなされたため、職権により本件山林が八九番土地より分筆され、前記所有権移転登記が右新登記に移記されたことが認められ、また右郷間が被控訴人に対し前記昭和三四年二月一九日の売買をもつて、八九番土地のうちの本件山林以外の部分の所有権を譲渡したことは弁論の全趣旨により認められる。

二、控訴人らは、本件山林は、これよりさきこれに隣接する二〇二番の六山林が昭和二五年一一月八日郷間から訴外田辺勝一郎に、右訴外人のその相続人らから控訴人両名に各売買によりその所有権を順次譲渡された際、右山林の一部と誤信したためこれとともに譲渡されて控訴人両名の所有に帰したものであつて、前記認定の昭和三四年二月の郷間被控訴人間の売買目的物中には本件山林は包含されていなかつた旨主張するから、考えるに、成立に争いのない乙第一号証によれば、右郷間被控訴人間の売買はその目的物を八九番土地として一応地番により特定していることが認められる。そこで右売買においてその実際の目的物の範囲が八九番土地の一部である本件山林を除外したか否かを検討しなければならない。原審(第一、二回とも)ならびに当審における証人郷間喜一、同大橋ミナの各証言と原審における検証の結果を考え合わせると、右売買当時、同じく八九番土地に属しながら、その北側部分である本件山林は雑木の生立する南向きの傾斜地であつて山林の状況を呈していたのに、南側のその余の部分は居宅の建在する平坦な宅地であつて、右両部分の境界線には一メートルから数メートルにおよぶ南に降る段差があつて、一見して右両部分はこれを境とする二筆の土地とも見られ得る状況であつたこと、被控訴人が昭和二一年五月頃豊島某から右居宅を買受けた際はその敷地である八九番土地のうちの南側部分のみを郷間から賃借し使用してきたものであつて、その後昭和三四年二月に至り郷間の申入れにより同人との間に前認定の同月一九日の売買契約を結んだものであることが認められる。

しかし、このような事情があつても、成立に争いのない乙第七号証の一により本件山林がこれとその西側において隣接することの認められる前記二〇二番の六山林と連接し一体をなし、一見して右山林との間に、これと同一地番の土地に属すると見られうる同一または類似の状況が存することを認めうる証拠のないことをも考え合わせると、それだけではいまだ郷間が右売買にあたり本件山林を二〇二番山林の一部と誤認してこれを八九番土地の売買範囲から除外したものと速断することはできない。

また前記証人郷間の証言中、同人が右売買にあたつてその目的物の範囲として本件山林を除いた南側部分を指示し実測した旨の供述はこれに反する原審証人大橋ミナの証言原審ならびに当審における被控訴人本人の供述に照らし容易に信用できない。

さらに前記証人郷間は原審ならびに当審において、前認定の本件山林が八九番土地の他の部分と異なる状況からして郷間自身も本件山林が八九番土地の一部に属することの認識を欠き、その西側隣地である二〇二番の六山林の一部に属するものと信じていた旨述べているが、これまた信用できない。けだし、原審証人大橋ナミ、同郷間喜一(第二回)の各証言、前記検証結果によれば、八九番土地は郷間が所有していた昭和二〇年以前の時期においては本件山林のみならず右地番土地の全域にわたつてひとしく山林の状況を呈していたもので、昭和二一年頃前記豊島が郷間から八九番土地のうち前記南側部分を賃借してこれを整地したうえこれを敷地として前記居宅を建築するに至つてはじめて前認定のような本件山林部分との相異およびその間の段差を生じるに至つたものであること、郷間は右原状および経過を熟知していることが認められるからである。

かえつて、原審ならびに当審における被控訴本人の供述によれば、被控訴人は右売買にあたつて郷間から実地につきその範囲の明確な指示は受けなかつたが、右南側部分のほかなお北側に繩延びがある旨の説明は受けたことをうかがうことができる。

そこで以上認定の各事実に前記乙第一号証を総合すると、右郷間、被控訴人間の売買は八九番土地をその目的とし、本件山林をも含むその全域を売買範囲としたものであつて、本件山林を右売買範囲から除外する旨の合意はなかつたものと認むべきである。

そうすると、本件山林が八九番土地の一部として右売買の範囲に包含される以上、右売買により郷間から被控訴人に移転したのは本件山林を含む八九番土地の全域の所有権であるから、仮に控訴人らが郷間から訴外田辺勝一郎を経由して本件山林の所有権を譲受けたとしても、その登記を有しない控訴人らはこれをもつて前記八九番土地の全域につき前認定の登記を有する被控訴人に対抗できないことはいうまでもない。

したがつてその他の争点を判断するまでもなく被控訴人に対し所有権に基づいて本件山林の所有権移転登記の抹消登記手続およびその引渡しを求める控訴人らの請求は失当であつて棄却を免れず、これと結論を同じくする原判決は正当である。

第二、控訴人らの新請求にかかる訴に対する判断

控訴人らは、当審において新しく控訴人らが本件土地の占有権を有することの確認を求めるが、いうまでもなく確認の訴は、権利または法律関係につき当事者間に紛争があるため起訴者の法律上の地位が不安定または危険な状態にある場合にこれにつき確認判決を得ることによつてその権利関係を確定して起訴者の地位の不安定または危険を除去して将来の紛争を未然に防止することを目的とするものであるから、そのような必要または利益がある場合に、はじめてその訴の利益があるところ、占有権はなるほど一個の法律上の権利である点においては確認の訴の訴訟物たりうることを否定することはできない。しかし、占有権は自己のためにする意思をもつて物を所持するという事実状態に基づいて発生し右事実状態の推移に即して変動するものでありしかもそのような事実状態は常に変転してやまないものであるから、占有権もその事実状態の推移にしたがつて変動する特質を有すること、山林などのように、排他的全域的事実支配の確立が比較的困難でその占有の帰属者を外形的事実から判別することが容易でない物件にあつては過去から現在にいたる占有の帰属が争われる事例が稀ではないが、そのような場合、裁判所が現在の事実状態に基づいて紛争当事者の一方がその占有権を有することを確認、確定しても、右のような占有権の特質上、それはその時点での事実状態に基づく判断にすぎず、相手方はそれ以後における右事実状態の変動があつた場合には(占有者が任意に占有をやめようが、あるいは相手方が当該土地を侵奪しようが、その原因を問わず)それだけを理由に容易に右確定判決の内容と異なる主張をすることができ、したがつて右判決の確定力は右当事者に対しその法律上の地位の不安定または危険を除去するためのなんらの救済をも与えるものでないこと、このような場合にはむしろ本権による訴によつて右の目的を達しうるべく、そうでないとしても占有権に基づく個々の法律効果例えば取得時効を主張し、あるいは占有保持の訴、占有回収の訴等を提起すれば足ること、などの点を考え合わせると、一般に占有権の確認を求める訴は特段の事由がないかぎり訴の利益を欠き許されないものといわねばならない。

よつて、控訴人らの右訴は訴の利益を欠くから不適法として却下するのが相当である。

第三、以上のとおりであるから、本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、また控訴人らの占有権確認の訴はこれを却下し、訴訟費用については民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 須藤貢 杉山修 折田泰宏)

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